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The Winning Season (TV)
      ウイニング・シーズン/奇跡の野球カード

アメリカ映画 (2004)

マーク・レンドール(Mark Rendall)が、過去にタイムスリップするジョーの少年時代を演じる野球映画。残念ながら、マークの出番は、冒頭の18分と最後の9分に限られる〔映画全体の3分の1〕。だから、逆に紹介し易い。途中のショーン・ハトシーが演じる「大人になってからのジョーの不愉快で卑怯な場面」を全部省けばいいから。この映画のキーとなるのは、日本流に言えば明治中~末期にかけて活躍したアメリカを代表する野球選手ホーナス・ワグナーの野球カード。全米でも最も高価な野球カードとして、現在でも話題になっている。その理由は、映画の中でも出てくるが、1909年にタバコのおまけとして発売されかけたものの、ワグナーは子供たちがカード欲しさにタバコを購入することを嫌い、ほとんどを回収させたので現存数が少ないため。アメリカのウエブサイトによれば、2007年8月の280万ドル(同年同月の円ドル相場で3.27億円)が最高価格。映画では、40万ドル(映画の設定年1985年の平均円ドル相場で3400万円)となっている。このカードの「奇跡的な力」で、1909年に戻るマーク。普通なら、年齢は変わらないはずなのだが、大人になりたいと願ったため20歳くらいの魅力のない青年になっている。そこでの行いは、野球映画としては最低に近い卑劣さなのだが、もう一度少年時代に戻ってから起こることが本当の意味での「奇跡」。その瞬間のマーク・レンドールの表情と、映画の後味は素晴らしい。

1985年のピッツバーグの郊外。リトルリーグのスティンガーズ対レイヴンズの試合が行われている。最終6回の裏、1点リードされたスティンガーズは、ツーアウト満塁のチャンス。ところが、次の打者ジョーは、ツーアウト1・2塁の段階から、自分のチームの打者に「三振して」と祈るほど、試合には出たくない。自分の打撃に100%自信を失っていて、もし打順が回れば、恥をかくことが分かっているからだ。そして、最初に書いたように、ツーアウト満塁で出番が来てしまう。当然、三球三振。悄然として監督兼父の車に乗り込む。途中で寄った店で、集めている最後の野球カードが手に入ったと言われても、7.99ドル(当時の相場で680円)のお金がない。同行していた父親の財布にもない。建設不況で仕事がなくて生活していくのにやっとだったからだ。ジョーは、カード欲しさに、いつもお手伝いに行くヤング夫人に頼み、7.99ドル、プラス、消費税分の仕事をもらう。それはガレージのガラクタの廃棄処分だった。作業の最中、ジョーはホーナス・ワグナーの野球カードを発見する。ヤング夫人は寝ていて起きなかったので、行きつけの店に行ってカードを見せると、40万ドルはすると言われる。これで一家の経済的困窮が救えると大喜びで帰宅したジョーに、両親は、カードはヤング夫人のものだと諌める。しかし、廃棄作業中の発見に拘るジョーは、1人で人生を開こうと家出してしまう。最初の夜、カードを手に、見つけた小さな小屋に入って行くと、カードが光り、ジョーは1909年のピッツバーグに来ていた。「大人にならなきゃ」と思っていた通り、20歳前後の青年になって。ジョーはそこで、ホーナス・ワグナーに会って色々教えてもらい、婚約者のマンディとも親しくなる。しかし、ジョーは1985年に戻りたい一心で、結果的に2人を裏切る行動に出てしまう。カードの力で再び1985年に戻ったジョーは、ヤング夫人が心臓発作で倒れたと聞き入院先の病院を訪れる。そこで、夫人がマンディだったと気付いたジョーは、2人の親切に善行で報いるため、野球カードを夫人に渡し、1909年に戻ってホーナス・ワグナーと結婚する道を歩ませようとするのだった。

マーク・レンドールは小さい頃よりも少しティーンになってからの方がハンサム。どの映画でも誠実さが感じられるが、演技というよりは地であろう。そういう意味で、お気に入りの子役だ。この映画は、昔CSで放送されたが、その時は取り損ね、その後捜したものの、アメリカ版のDVDにも字幕サイトにも字幕がなく、断念しようとしていたら、ポーランドで発売されたDVDに英語字幕がついているのを見つけて購入した。マークの出番が少ないのに、入手にこれだけ拘ったのは、映画の最後近くのマークの表情が忘れられなかったから。


あらすじ

リトルリーグの試合。最近調子の悪いジョーは、際どいところで自分の番が回ってこないよう祈っている。リトルリーグは6回が最終回だが、今は、その6回の2アウト。走者は1・2塁。今、打席についている選手が三振か凡打に倒れれば、チームは負けるが自分のせいにはならない。だから、最初は「三振になれ」と祈る。その選手が打ち返すと、「アウトになれ」と祈る始末。しかし、祈りは叶わず満塁になってしまう。監督をしている父が、「さあ、ジョー、お前の番だ。バットを取って、早く来い」と呼ぶ、ジョーは、「パパ、僕 ずっと無安打だよ。誰か代打を立ててよ」と頼むが、結局は、「ダメだ。お前は いい選手なんだ」と言われてバッターボックスに立たされる(1枚目の写真)。相手チームのピッチャーからは、「ダメ男の王様の登場だ」とイビられ、キャッチャーからは「お前の親爺だって、負け犬だと知ってるさ」とバカにされる。1球目は外角速球に空振り、2球目は見送りのストライク、3球目はピッチャーがふざけて投げたアンダースローの山なりボールを空振りして、思わず手をついてしまう(2枚目の写真)。三球三振、まさに、絶不調だ。チームは惜敗。ジョーは無言で球場を去り、父の車に乗り込む。そんな息子に、父は「ベンチに座ったままじゃ、結果は出せないぞ。自分の振りを取り戻せ」(3枚目の写真)と鼓舞するが、ジョーは「学校に行くのが怖いよ。5年生の笑い者だ」と、無理に打たせた父にブツクサ。
  
  
  

帰宅の途中で店に寄った父子。野球好きの主人は、殿堂入りの名打者タイ・カッブが本塁に足から先に突っ込む写真を父に見せて、「1909年に撮られたものだ。75ドルする。最高の通算打率(.366)。メジャー史上最も偉大な選手とも言われている」と自慢する(1枚目の写真)。父は、「史上最も嫌な奴さ。スパイクの刃を向けてる」と否定的だ。実際、タイ・カッブには2面的な評価がある。彼の悪い側面が、映画の後半でキーとなるので、その伏線としての「情報提供」なのであろう。店主は、ジョーの姿を見て、「これが入ったぞ」と野球カードを見せる。ジョー:「1971年のトップススーパーのウィリー・スタージェルだ!」。「わしの記憶だと、これで君のコレクションが完成するんだろ」。「いくらなの?」。「20ドルだ。でも、君だから7.99ドルでいい。もちろん消費税はもらうが」。父の顔を見て、払ってもらえないことが分かりがっかりするジョー(2枚目の写真)。店主は不憫に思い、親切にも、「取りのけておこうか?」と提案してくれる。帰宅して、野球カードのアルバムを見るジョー。最後のページだけ空欄だ。「あと1枚で、完成するのにな」(3枚目の写真)。その夜、夫婦の口げんかは、いかに家計が苦しいかというものだった。父:「今日、息子に野球カードすら買ってやれなかった。僅か8ドルが払えなかったんだ。その惨めな気持ち、分かるか?」。
  
  
  

翌日、7.99ドル、プラス、消費税を稼ごうと、いつもお手伝いに行っているヤング夫人の家に行く。夫人はボケ気味だが、ジョーには親切で、手作りのパンケーキを 食べきれないほど出してくれる。ジョーは、夫人に、父の住宅改装の仕事がほとんどなく、母はお冠状態(have a meltdown)だと話す。そして、「ヤングさん、あの… できたら、何か 大きな仕事ありません? もっとお金がもらえるような」と訊いてみる(1枚目の写真)。「いくら必要なの?」。「7.99ドルと消費税」。「それは大きいわね。考えてみるわ」。夫人が思い付いたのは、ガレージの整頓とガラクタの廃棄処分。雑多なものが山と放り込まれたガレージに入ったジョーは唖然とする(2枚目の写真)。5年生の子が一人でできるような仕事ではない。できることをしようと、箱を持ち上げた時、破れたダンボールの中に1枚の野球カードがあることに気付く。「うそだろ、まさか」。手に取って裏返すと、思っていた通りの選手のカードなので大喜び。「本物だぞ。すごいや」(3枚目の写真)。ヤング夫人はレコードをかけたまま眠ってしまい、声をかけても起きないので、そのまま昨日の店に直行する。
  
  
  

手袋をはめて虫めがねで調べる主人。開口一番、「収集家にとって至高の一品だな。ホーナス・ワグナーのT206だ」〔T206はアメリカン・タバコ・カンパニーによって1901-11に発行された524種類のカードのこと〕(1枚目の写真)。「ワグナーのT206は1909年に700枚だけ発行された。会社はワグナーの許可なく発行した。言い伝えによると、彼は喫煙に対して断固とした意見を持っていたから、カードを回収させた。だから、何枚残っているのか誰も知らない」。「それで、幾らなのか教えてよ」。「ワグナーのT206は、昨年の夏のオークションで約200で売れた。このカードは2段階上の、最高の状態(Gem mint)だ」〔野球カードのレベルは、最高のGEM-MT10から最低のPR(Poor)まで10段階ある〕。「恐らく300か400まで行くだろう」。「400ドル? すごいや」。「ジョー、400 thousand(40万)だ」。あまりの高額に ただただ呆然とするジョー(2枚目の写真)。「これは、君にとって、幸福への切符だ」。
  
  

ジョーは、「ママ、パパ、信じないだろうけど、僕たちお金持ちだ!」と叫んで家に飛び込む。ジョー:「奥さんのガラクタを捨てようとしてたら、見つけたんだ」。母:「待ちなさい。それ、ヤング夫人のガレージで見つけたの?」。「すべて捨てるよう頼まれたんだ。全部だよ。こんな大金 どうしたらいいのか分からないや」(1枚目の写真)。「ジョー、ヤングさんは、ご存知なの?」。「何を?」。「ちゃんと話したのよね?」。「そうしようとしたけど、寝てたから」。この言葉で、一気に雰囲気が変わる。「電話しないと」。「何のため?」。「夫人のガレージで見つけたのなら、それは夫人のものよ」。「冗談だよね?」。「大人の世界は、それでは通用しないの」。「パパ!」。「言いたくないが、ママが正しい。ヤング夫人に電話するんだ。でないと、盗んだも同然だ」。それでも抗弁するジョー。「カードは箱の中にあって、捨てる寸前だった。ガラクタだったんだ」(2枚目の写真)。「ヤングさんは、お金に困ってみえるのよ」。夫人は立派な家に住んでいて、お金に困っているようには見えないので、この母の言葉は脚本のミス。「年とってて、一人住まいだよ」(3枚目の写真)。このジョーの台詞はひどい。少年時代の純真なジョーの言葉とはとても思えないほどひどい。最悪の脚本。父:「夫人には お金が要るんだ」。「僕たちもだよ。それに、これから人生がいっぱいあるんだ」。この台詞も先ほどと同じくらいひどい。だから、父の「いいかい、正しい行いをするんだ」という言葉に対し、ジョーが「いつも2人でケンカしてるけど、正しいことなの? ボロい中古のトラックに乗ってるのが正しいことなの? ママが、いつも働いてるのも? このカードで 全部解決するのに」と言っても、観ている者は反発を覚えるだけだ。最後は、カードを渡せと言われ、「僕のものだ」と叫んで家出する。
  
  
  
  

町外れの誰も近寄らない作業小屋まで自転車で来たジョー。「僕のカードだぞ。それに、僕はただの子供だ。子供じゃどうにもならない。大人にならなきゃ。僕のことを誰も知らない遠くに行こう」。そして、カードを見ながら、「威張り散らされるのはごめんだ。僕は やりたいことをやる。大人みたいに」(1枚目の写真)と言う。すると、突然、写真の左上に点いていた照明が消える。ジョーは、不審に思って、少し開いていたドアから小屋の中に入ってみる(2枚目の写真)。中は真っ暗だが、遠くの方に小さな光が見える。そちらの方に歩いていくと、手に持ったカードが光り出す(3枚目の写真)。すると、突然古臭い格好をした青年が現れ、「今日のプログラム、要るかい」と声をかけてくる。鏡に写った自分の顔を見て、ジョーはショックを受ける(4枚目の写真)。願い通り、大人になっていたからだ。因みに5枚目の写真は、『たった一人のあなたのために』(2009)に出演した時の20歳のマーク・レンドール。細身で素直そうな顔立ちは、少年の時のままだ。大人になってからのジョーの配役には、違和感があり過ぎる。
  
  
  
  
  

1909年の世界(映画の2/3)にマーク・レンドールは出て来ないので、重要な場面のみ紹介しよう。①ジョーが現れたのは1909年10月13日(水)のワールドシリーズ、ピッツバーグ・パイレーツ対デトロイト・タイガースの第5戦が行われている球場。ジョーは、観客席に入って行き、サインをもらおうと、できる限りグラウンドに近い空いた席に勝手に座り込む。そこは偶然ホーナス・ワグナーの恋人の隣の席だった。着ている服は家出した時と同じなので、みすぼらしい〔なぜ、体に合わせて服も大きくなったのか?〕。その日は8対4でワグナーのいるパイレーツの勝ち。試合が終わってから、ワグナーと彼女の後に付いていくジョー。典型的なお邪魔虫だ。ジョーは、ずうずうしく、「僕の家族のため、ママとパパのため、5秒だけ下さい。このカードにサインして欲しいんです」と頼む。ワグナーは、「これを どこで手に入れた? こんなのは、見たことがない」と驚くが、ジョーの「年取った奥さんのガレージで見つけました。今から76年後の1985年です。バカげて聞こえるでしょうが、本当なんです」の発言は作り話だと聞き流し、サインしてやる(1枚目の写真)。②その直後、近くにいた写真家がワグナーと彼女の写真を撮影し、この写真が後で重要な役割を果たす。2人は、彼女(マンディー)の家に向かう。金持ちの名家だ。こっそり後を付けるジョー。まさにストーカーだ。家には隣人のタバコ会社のオーナーの息子が来ていて、販売促進用にすべての野球選手のカードを作っていると話し、今日印刷したばかりのワグナーのカードを見せ、許可を得ようとする。謝礼金は100ドル。明治末期の1ドルは2~2.5円と推定され、当時の1円はおおまかに現在の1万円くらいなので、250万円程度になる。かなり高額だが、ワグナーは「私は喫煙には賛成しない。賛成できないものに名前を貸すことはできない」と申し出を断る(2枚目の写真)。そして、刷ったカードを回収する。ワグナーは、外で待っていたジョーを、最初はタバコ会社の回し者かと疑うが、未来から来たという話を信じないまま、行く当てがないという話に同情して、自分のアパートに泊めてやる。一方、恋人マンディーは、ワグナーとの付き合いを一切やめるよう両親から言い渡される。③翌日、ワグナーはチームの仲間と一緒に、ジョーも連れて、車で田舎に出かける。日中に出かけて夕方までいるのだが、史実では14日は第6戦のあった日。出かけている時間などないはずだ。そこはフィクションとして、この場面で重要な出来事は2つある。1つ目は、昨夜回収した野球カードを、ワグナーが燃やしてしまう。2つ目はジョーに打撃の極意を教えてやる。「いいか、バッターボックスに立ったら、すべてを締め出すんだ。そして、ボールを打つことだけを考える。俺の場合は、手に砂を付け、唾をかけ、帽子を引き、腰を据え、グリップを離す」(3枚目の写真)。そして、打った後で、「野球選手なら、くよくよ考えないことだ」と付け加える。
  
  
  

ここからのジョーは、より「悪い」人間になる。④史実より1日遅れて第6戦が行われている。9回の表、4対5、ツーアウトでワグナーの打球は、宿敵タイ・カッブの好守によって阻まれ、敗戦。勝負は最終の第7戦に持ち越される。選手の控え室に残ったワグナーとジョーの間で交わされる重要な会話。「察するに、そのカードが、ここに、1909年に君を連れて来た。もしそうなら、元に戻してくれるはずだ」。「だけど、どうやって?」。「君は、何か理由があってここに来たんだ。君がそれを見つけた時が、帰る時になるだろう」。「このカードは、僕が一生かけて稼ぐより価値がある。でも、そんなもの一銭も要らないから、家族に会いたいんだ」。そのジョーの言葉を、隣の控え室にいたタイ・カッブが聞いてしまう。深夜、ジョーが目を覚ますと、そこにカードを持ったタイ・カッブがいる。カップは、翌日の第7戦にワグナーが出られないようにしたら、カードを返してやるとジョーを脅迫する(1枚目の写真)。家に帰りたい一心で脅迫に屈するジョー。この部分の脚本は最悪。殿堂入りしている名選手をここまであくどい人間に仕立てるのは、侮辱行為以外の何物でもない。さらに、ジョーの態度があまりにも女々しく情けない。観ていて、不愉快極まりない。⑤翌日、ジョーはワグナーの車を運転させてもらって森に行く。そこで、ワグナーは、ジョーに重要な話をしてやる。ワグナーが野球で目指すもの、それは、「自分のプレーで、何千人もの人々、金持ちも貧乏人も、若者も年寄も、その一瞬、幸せになる。俺がしたいこと、それは、人々を幸せにすること。世界一の贈り物だ。男にできる、最大の贈り物だと思う」(2枚目の写真)。それを話すワグナーは素晴らしい人間だが、ワグナーが木にもたれてまどろんでいる間に、車を盗んでワグナーを置き去りにし、第7戦に出場できないようにするジョーは、卑怯で卑劣で自分勝手な唾棄すべき人間だ。⑥球場では、ワグナーが現れないので、試合の開始が遅れている。タイ・カッブからカードを返してもらったジョーは、迷った挙句、ワグナーになりすましてショートの守備位置に走って出て行く。それを見たチームメイトはワグナーが来たと思い、守備配置につく。ここも、第7戦はパイレーツが先攻なので、史実と合わない。ジョーに気付いた味方の選手は、「ルール違反だ」とジョーに言うが、アンパイアが「プレイボール」と宣言し、試合が始まってしまう。そこに登場するのは何故か4番のタイ・カッブ。ヒットを打って1塁へ。この時、スコアボードが映るが、なぜか1回パイレーツが「0」となっている。いつの間に先攻が後攻になったのか? 次打者の時、タイ・カッブが盗塁を試みる。ジョーがセカンドベースに入り、スパイクの刃を向けて滑り込むタイ・カッブをアウトにする。しかし、当然顔を見られてしまう。試合はいつの間にか3アウトでチェンジ。この辺りの展開がいい加減すぎる。タイ・カッブは、塁審に向かい、ワグナーが偽者だと猛烈に抗議する。その頃、ワグナーは何とか球場まで辿り着き、偽者はバレずに済んだ。あまりにもご都合主義的な展開だ。ここで重要なことは、両親の反対を無視し、試合後にワグナーと結婚するつもりだったマンディーの意識が変わったこと。野球に真摯に向き合うワグナーの姿を見て、この人から野球は取り上げられないと思い、身を引くことを決意したのだ(3枚目の写真)。④最終戦は8対0でパイレーツが勝ち、優勝するが、マンディーがいるはずのホテルに行ったワグナーを待っていたものは、置き手紙。封筒には、「許して下さい、愛しいあなた。愛しています。これからもずっと、永遠に」という言葉とともに、先日撮った写真のマンディーの部分だけが破って入れてあった(4枚目の写真)。衝撃のあまり、ワグナーは、一人になりたいとジョーを置いて去って行く。
  
  
  
  

1人残され、カードを見つめながら一心に戻りたいと祈るジョー。すると、カードが再び光り出し、気が付くと、そこは町外れの作業小屋。こんな所で一夜を過ごして寝ている子供を見た男が、「おい、坊や」と声をかけてくる(1枚目の写真)。ジョーは、今までの話は、ここで寝ていた時に見た夢だと思って手を見ると、カードにはワグナーのサインがある(2枚目の写真)。自分は、本当に1909年に行って、ワグナーに会ったんだ!
  
  

大喜びで家に帰ったジョー。家出したかと心配していた両親も大喜びだ。「僕がどこにいたか、絶対信じないよ」。「いいのよ。戻ってくれただけで十分」。「いいか、今から、ウチの家族は大きく変わるんだ」。「いいよ。やるべきことは分かってる」。「何のことだ?」。「カードだよ」(1枚目の写真)。「ちゃんと返すから。ホーナスなら、きっとそうする」(2枚目の写真)。「ホーナスって?」。「史上最高の野球選手だよ。プラス、最高の人間さ」。ここで、母が思いがけないことを口にする。「ジョー、ヤングさんが入院したの」。「心臓発作だ。昨晩、お前がいない間に起きた。危ないそうだ」。
  
  

病院に飛んでいくジョー。受付で「ヤングさん、ここですか?」と訊くと、逆に「あなた、ジョー?」と訊かれる(1枚目の写真)。看護婦は、「あなたに用があるそうよ。彼女が会いたがっているのは、あなただけ」。ジョーは、1人で病室に入っていく。「ヤングさん? 僕だよ。ジョーだよ」(2枚目の写真)。そして、カードを見せながら、「これ、あなたのです。昨日ガレージで見つけました。すごい価値があるんです。どんな夢でも叶えられるくらい」と話す。「もう遅いわ。持っていなさい、ジョー。私からの贈り物よ」。思わず夫人に抱きつくジョー。
  
  

その時、ジョーの目は枕元の写真立てに釘付けになる(1枚目の写真)。そこに入っていたのは、1909年10月13日に写真屋が撮ったツーショットの片割れだ(2枚目の写真)。このお婆さんは、ありし日のマンディーだったのだ。
  
  

「あなたが、彼女だったの? あのマンディー?」。「マンディー。長いこと、誰もそんな風に呼ばなかったわ」。「ジョーだよ。覚えてる? あの時のジョー、すべてを台無しにしちゃったジョーだよ。今は子供だけど、同じジョーなんだ。信じてよ」。「大人だったわね」。「覚えてるんだね」(1枚目の写真)。「もちろんよ。気にしないで、ジョー。私が馬鹿だったの。生涯で愛した唯一人の男性を、手放してしまった。野球が彼の命だと思って」。「違うよ。あなたは彼の命だった。あなたと野球が。行くべきじゃなかったんだ」。「分かってるわ。でも、もう遅すぎる」。ここで、ジョーが気付く。「そうじゃない。違うんだよ。ホーナスは正しかった」。そして、夫人の手にカードを握らせる(2枚目の写真)。「理由があったんだ。これで、彼のところに戻れるよ。ただ、願うだけ。信じればいいんだよ。ホーナスは話してくれた。男にできる 最大の贈り物は、他人に幸せをあげることだって。これが第二のチャンスだよ、マンディ。約束する。さあ、戻るんだ。彼に、僕からよろしくと言ってね」。カードをじっと見る夫人。するとカードが三度目に光り出す。カードを握り、「ホーナス」と願う夫人。その姿を見ているマーク・レンドールの表情が最高にいい。3枚目の写真は、夫人が1909年へと消えていった瞬間。涙でうるんだ目と、優しい微笑みが実に印象的。
  
  
  

再びリトル・リーグの試合。打順がジョーに回ってきた。相手チームから何と言われても耳に入らない。ストライクを2つ見送った後、以前ワグナーから言われた言葉が 頭の中に響く。「野球選手なら、くよくよ考えないことだ」。目の前に現れる幸せそうな2人の姿(1枚目の写真)。それを見て喜びに輝くジョー(2枚目の写真)。ジョーは、ヘルメットを深くかぶると、手に唾をつけ、グリップを離してバットを握り、そして、ホームランを放った(3枚目の写真)。
  
  
  

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